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2009.06.26木を見て森も見る

「木を見て、森を見ず」という言葉がある。
大辞林によると、小さいことに心を奪われて、全体を見通さないことのたとえ。
 
目先のことに捕らわれて全体を見失うことのたとえに使われているが、
枝葉には目がいくが、大局的見地、根っこの部分が見えていないと言えるかも
しれない。
 
一斑を以って全豹を卜す(いっぱんをもってぜんぴょうをぼくす)という言葉がある。
豹の皮の斑(まだら)模様の一部を見て豹であることを認識するということから、
物事の一部を見て、全体を推し量るという意味。
 
森も木も
全体も詳細も
両者を見る必要がある。
 
一部を見て、全体を推し量ることは必要である。
しかし、一部を見て、こうだと決めつけて、いいのだろうか。
私たちは経験則のなかで、物事を判断してきている。
 
それは、今までの環境下や条件では役に立っていたかもしれない。
それが、新たなチャレンジや未経験の分野であれば、自分の経験則・経験知は、
通用しないかもしれない。
 
昨日、ある社長と話していた。
 
「100投資したからといって、100あたるはずがない。
 すごくあたるものもあれば、足を引っ張るものもある。」
 
「どうなるか、うまくいかなかったらとばかり考えていてもしょうがない。
 うまくいったかどうかは、我々の後の世代が判断すること。」
 
「今、やれることは、先を見据えて、会社、社会、環境が、継続する。
 永続することを考えて、思いきってやるだけ。
 うまくいくかどうかなんか誰にもわかりませんわ。
 しかし、今やれることをやる、手を打っておくことが大事。」
 
森も木も両者を見ているつもりでも同じ立ち位置からでは、
あまり効果的ではないかもしれない。
 
どこから、それを眺めるのか、観察するのか、その立ち位置を変えることも
重要である。
自分の立ち位置は、世界、世間を見る位置。物事を解釈、判断するところ。
自らの価値観、観念、信念と言えるかもしれない。
 
これは、今までの選択や生き方では役に立っていたけれど、
今までとは違う基準で何かを選択するときは、無意識のブレーキ・制限となる
ことがある。
それが大きな決断であれば、あるほど。
 
例えるなら、アクセル踏みながら、ブレーキを踏んでいる感じ。
私たちは、いままでの基準や思考パターン、慣れているやり方で物事を
選択したがる。
その方が楽だし、安全だと思うから。勘違いすることがある。
 
木も森も見て、立ち位置、見る場所を変えて、見てるかい?